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広島高等裁判所 平成5年(行コ)1号 判決

控訴人

小沢和夫

岡本利一

田上茂好

渡辺敏之

右四名訴訟代理人弁護士

吉川五男

中村覚

被控訴人

東洋鋼鈑株式会社

右代表者代表取締役

久能一郎

右訴訟代理人弁護士

末永汎本

藤田幸夫

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は、控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、山口県下松市に対し、金九五〇万円及びこれに対する平成三年三月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二被控訴人

主文同旨

第二事案の概要

次に、付加、訂正する外は、原判決中の「第二 事案の概要」欄(原判決二枚目表五行目から同一二枚目表四行目まで。)記載のとおりであるから、これを引用する。

(原判決の訂正)

原判決二枚目表七行目から次行にかけての「詐欺行為」を「不法行為(詐欺行為)」と改める。

同三枚目表三行目の「公共下水道の供用開始」の前に「同法九条一項に基づく」を加える。

同三枚目裏七行目の「公共下水道として供用開始する旨の公示」を「下水道法九条一項に基づき公共下水道の処理を変更して供用開始する旨の公示」と改める。

同七枚目裏一〇行目の「市道に寄付し、」の次に「もって、下松市を詐罔して」を、同八枚目表三行目の「負担させ」の次に、「、同金額の損害を被らせ」を、それぞれ加える。

同八枚目裏六行目の「排水設備設置義務」の前に「下水道法一〇条に基づく」を、同七行目の「所有権」の前に「当該公共下水道の排水区域内の土地の」を、それぞれ加える。

同一〇枚目表三行目の「取扱基準」の次に「(乙五)」を、同四行目の「寄付等」の前に「右社宅通路の同市への」を、それぞれ加え、同七行目の「右条件がなくなった」を「右条件が事後的に満たされた」と改める。

同一一枚目裏末行の「本件公共下水道管延長工事の代金を支出」を「本件公共下水道管延長工事を実施し、その代金を支出」と、同一二枚目表三行目の「下松市に寄付したこと」を「下松市に寄付し、同市に本件公共下水道管延長工事を行わせたこと」と、それぞれ改める。

(当審における控訴人らの補充主張)

一原判決は、下水道法三条一項にいう公共下水道の「設置」には、排水区域の拡張を招来する公共下水道の「増築」が含まれるとの解釈の下に、本件公共下水道管延長工事が右「増築」に該当するので、当該市町村の裁量に委ねられている旨判示している。しかしながら、本件公共下水道管延長工事は、下松市により本件供用開始の公示がなされ、公共下水道が整備済みとなっていた区域において行われたものであって、排水区域の拡張を招来する公共下水道の増築は問題とならない。そして、公共下水道が整備済みとして供用開始がなされた区域においては、下水道法一〇条に基づく排水設備設置義務が発生しており、整備未了等の事実が判明し、供用開始の公示が取り消されない限り、新たな公共下水道の設置は許されないというべきである。本件公共下水道管延長工事は、公共下水道が整備済みの地域において、本件供用開始の公示が取り消されることなく行われており、違法なものというべきである。

二原判決は、本件公共下水道管延長工事が下松市の適切な裁量の下になされた行政権の行使であると判示し、その理由として、(1)天王台地域の環境整備を優先したこと、(2)公道から公道へ通じる道路については、従前から公共下水道を敷設する方針であったところ、天王台社宅内通路が市道認定されたこと、(3)本件供用開始の公示が、市道から天王台社宅内通路に通じる一本の入口のみに公共下水道を敷設した段階でなされたのは、少なからず配慮が足りなかったこと、以上を総合考慮して本件公共下水道管延長工事をなすに至ったものであり、その敷設距離も右通路の約四〇パーセントに留めたことを挙げている。

しかしながら、右理由は、いずれも合理的なものといえない。

すなわち、(1)の点については、天王台地域の環境整備は、本件公共下水道の供用開始の公示によって、被控訴人に排水設備設置義務が課せられていたのであるから、右義務の履行によりなされるべきであった。(2)の点については、本件供用の公示後に右通路が市道認定されたとしても、被控訴人の排水設備設置義務に何ら変動をきたすものではなく、それ故に下松市も昭和六三年七月までは被控訴人からの公共下水道設置の要求に応じなかったものである。その後、下松市が右方針を転換したのは関係者の人事移動によるもので、正当な理由はない。(3)点については、本件公共下水道の設置が未整備ということであれば、本件供用開始の公示を取り消すべきであり、仮に、前記理由で本件公共下水道管延長工事がなされたとしても、原判決添付図面の赤色部分約二〇メートルの工事で十分であった。結局、右工事が右通路の約四〇パーセントに留まったのも、下松市と被控訴人の癒着であるとの批判が出始めたためであって、右工事が一部に留まったからといって正当化されるものではない。

三以上のとおり、本件公共下水道管延長工事は、下水道法上許されていないものであり、右工事によって被控訴人が負っていた排水設備設置義務の相当部分が下松市の費用により実質上履行された状態になったのであるから、被控訴人は法律上の原因なく不当な利得を受けたというべきである。

(控訴人らの右主張に対する被控訴人の反論)

一下水道法三条一項は、公共下水道の管理主体を市町村に限定する趣旨であり、管理行為の内容を規定したものではない。本件公共下水道管延長工事が、同条一項の公共下水道の「設置」に該当しないとしても、同項の「改築」に該当するものである。したがって、公共下水道が整備済みとなり供用開始が公示された区域に、その延長工事をすることは、市町村の裁量行為といえる。また、本件公共下水道の延長工事をなすには、供用開始の公示を取り消す必要はなく、下水道法九条一項に基づく変更の公示がなされれば足りるところ、平成三年三月二五日付けの本件延長部分供用開始の公示によって処理変更の公示がなされている。

二本件公共下水道管延長工事が下松市の裁量の範囲内であったか否かは、行政行為がその目的達成のため可変性、弾力性を有していることから、下水道事業の目的のほか供用開始後に生じた事情、費用と予算の関係など総合的見地から判断すべきである。本件では、昭和五八年三月に供用開始の公示がなされてから、昭和六三年に下松市と被控訴人の公共下水道延長の協議がなされるまでの間に、天王台社宅内通路の寄付、市道確定という事情変更があり、担当者の人事移動の下に、環境整備という下水道事業の目的達成のため、本件公共下水道の延長について見直しが行われたものである。その結果、下松市は、被控訴人との間で、費用と予算を考慮して協議を行い、本件公共下水道管延長工事の実施を決定したものであって、右延長工事は、正に適切な裁量の下になされた行政権の行使といえる。

三被控訴人が本件公共下水道管延長工事がなされるまで排水設備設置義を履行しなかったのは、本件公共下水道の延長工事が予測されていたからである。また、下松市は、独自の判断で本件公共下水道管延長工事の実施を決定したものであって、被控訴人の要求に応じたわけでも、被控訴人の下水道法上の義務の履行を肩代わりしたわけではない。

第三証拠関係〈省略〉

第四主たる争点に対する判断

次に付加、訂正する外は、原判決中の「第三 判断」欄(原判決一二枚目表六行目から同二二枚目表四行目まで。)記載のとおりであるから、これを引用する。

原判決一二枚目表六行目の「甲一、」の次に「乙一、」を加え、同行の「乙四、五、」を「三ないし五」と改める。

同一二枚目裏四行目の「天王台社宅内通路」の次に「、同図面の黄色で表示した部分にほぼ該当する。」を加え、同六行目の「平和通り」を「平和台通り」と改め、その次に「の三つの市道ないし右各市道に通じる公道」を加える。

同一四枚目表一行目の次に、改行して次のとおり加える。

「なお、本件供用開始の公示によって、天王台社宅内通路を含む地域は、排水区域(公共下水道により下水を排除できる地域で、下水道法九条一項の規定により公示された区域)となり、被控訴人は、昭和五八年度から五年間の分割納付により下松市に対し受益者負担金の支払を行った。

同一五枚目表一〇行目から次行にかけての「供用開始後には公共下水道を敷設しないという従来からの運用と」を「公共下水道の供用が開始された場合においては該当公共下水道の排水区域内の土地所有者ら側で排水設備を設置するのが原則とされており(下水道法一〇条)、供用開始後には排水区域内において公共下水道を敷設しないというのが従来からの原則的運用であったことと」と改める。

同一五枚目裏一〇行目の「昭和六三年夏ころ、」の次に「下水道部門の担当者の人事異動がなされたこともあって、本件供用開始後、五年間も経過するのに排水設備が設置されないままにきた天王台社宅内通路の下水道管敷設問題が再検討されることとなり、」を加える。

同一六枚目表一行目の「従前からの下松市の方針」の次に「(すなわち、天王台社宅内通路が市道となったことを改めて見直し、公道となった右通路に公共下水道管を延長して敷設することは、必ずしも下松市の従来の下水道行政の方針に反しないのではないかとする見解の台頭)」を加える。

同一六枚目裏一行目の次に、改行して次のとおり加える。

「ところで、下松市は、右の経緯から、天王台社宅内通路内に公共下水道管を敷設することにしたものの、その全部について公共下水道管を敷設することは、もともとは右通路が本件供用開始後には排水区域に属し、被控訴人において排水設備を設置すべきであったことなどを考慮すると適切でないと判断し、被控訴人の側と協議したうえ、その一部についてだけ公共下水道管を延長して敷設するに留めることを決定した。」

同一七枚目表三行目の「供用が開始されたことにより、」の次に「下水道法一〇条に基づき」を加える。

同一七枚目表末から同一八枚目表二行目までを、次の通り改める。

「2 ところで、右認定事実によれば、被控訴人は、本件供用開始の公示後に天王台社宅内通路を下松市に寄付しており、これによって被控訴人が負担していた排水設備設置義務に変動が生じたか否かが問題となる。

そこで、検討するに、下水道法一〇条一項本文は、公共下水道の供用が開始された場合においては、当該公共下水道の排水区域内の土地の所有者らは遅滞なく該土地の下水を公共下水道に流入させるために必要な排水管等排水設備を設置しなければならない旨規定し、同項三号では、右排水設備の設置義務者について、道路(道路法による道路)にあっては該道路を管理すべき者である旨定めている。そうすると、本件供用開始当時において天王台社宅内通路の所有者であった被控訴人は、右通路内に遅滞なく本件公共下水道に連結する排水設備を設置する義務を負っていたところ、下松市に寄付することによって右通路の土地所有者ではなくなった段階においては、もはや右義務の履行義務者ではなくなり、市道となった右通路についての排水設備設置義務は下松市において負うことになったと解する外ないといわなければならない。

しかしながら、前記認定事実によれば、(1)被控訴人は、本件供用開始当時においては右通路の土地所有者であったもので、遅滞なく排水設備を設置する義務を負っていた者であること、(2)本件公共下水道の敷設整備に当たり、被控訴人は下松市から右通路の寄付(市道化)を条件に同通路への公共下水道管の敷設を申し込まれていたのに、これを拒否した経過があること、(3)本件公共下水道は分流式であって雨水を排水するものではなく、右通路内に設置される排水設備によって受ける利益の大半は、生活排水等を流入させる被控訴人会社の社宅居住者において享受するものであること、の各事情が認められ、これらの各事情に照らせば、下松市において、右通路が市道となった後も、直ちに公共下水道管の敷設をせず、被控訴人に対し、従前に下水道法上の義務として負担していた排水設備の設置をまず求めていくのは、あながち不当な行政的措置とはいえないと解される(前記認定のとおり、下松市の下水道課は、右通路が市道なった後も、被控訴人に対し、排水設備の設置を求め、被控訴人からの公共下水道管敷設の要望を拒否していた時期があり、その行政態度は、右の観点から是認できるものである。)。」

同一八枚目表六行目の「被告は、」から同八行目の「履行できることになった」までを「被控訴人は、本件供用開始後に遅滞なく設置することが従前義務づけられ、かつ、右通路の寄付後においても下松市から設置を求められていた右通路についての排水設備を一部にせよ設置しなくて済むことになった」と改める。

同一九枚目表二行目の「下松市は、」の次に「昭和六三年夏ころ、下水道部門の担当者の人事異動がなされたこともあって、天王台社宅内通路について市道認定後も被控訴人に対し排水設備の設置を求め、被控訴人からの右通路への公共下水道管の敷設要求を拒否してきた従来の方針を再検討することになり、その結果、」を加える。

同一九枚目裏一行目の「天王台社宅内通路延長」を「天王台社宅内通路全体」と改め、同二行目の「そ」から同五行目の「できる。」までを、次のとおり改める。

「そうすると、下松市において、右通路の市道認定後も、供用開始後に被控訴人が負担していた排水設備の設置義務の履行を求め、被控訴人からの右通路への公共下水道管の敷設要求を拒否してきたことは、あながち不当な行政措置といえないことは、前判示のとおりであるが、その反面、(1)市道となった右通路について、何時までも排水設備の設置がなされないまま放置させることは、環境整備の観点から望ましくないこと、(2)翻って、被控訴人による右通路の下松市への寄付は、市道化によって将来公共下水道管を敷設してもらえるとの期待に基づくものであって、現に本件公共下水道の敷設段階では右通路の寄付を条件に公共下水道管の敷設が申し入れられた経過があることに照すと、被控訴人において市道となった右通路への公共下水道管の設置を要求することには無理からぬ面があること(右通路を下松市に寄付することは、被控訴人にとって少なからざる経済的犠牲を伴うものであり、下松市にとっては、行政的負担を負う反面、市道として一般市民の通行が自由となるなど利益をもたらすものであることは否定できない。)、(3)右通路が市道となった段階では、前判示のとおり、被控訴人は右通路について下水道法上の排水設備設置義務者ではなくなったと解する外なく、前記各事情から、下松市は行政的措置として被控訴人に右通路への排水設備の設置を求め得ても、これを法的に強制することはできないといわざるを得ないこと、(4)そうであれば下松市としては、被控訴人と交渉して市道となった右通路の一部につき排水設備の設置を行わせ、残部について公共下水道管の延長工事を行うことで妥協を図ることが同市の利益にもなること、以上の各事情が認められ、これら諸般の事情を総合すれば、下松市が天王台社宅内通路の排水設備の設置について従来の方針を変更し、被控訴人との協議によって、右通路の約四〇パーセントにつき公共下水道管の延長工事を実施したことは、公共下水道の設置について市町村に委ねられた裁量の範囲を逸脱したものではなく、適法な行政権の行使というべきである。」

同二一枚目表一行目の次に、改行して次のとおり加える。

「なお、控訴人らは、公共下水道の供用開始がなされた区域においては、下水道法一〇条に基づく排水設備設置義務が発生しており、整備未了等の事実が判明し、供用開始の公示が取り消されない限り、新たな公共下水道の設置は許されない旨主張するが、供用開始の公示がなされた後であっても、公示した事項の変更があり得ることは同法九条一項に規定するところであり、また、同法三条一項に規定する公共下水道の設置には施設の増築を含むものと解されることは前判示のとおりであるから、本件のように排水区域とされた私有地の通路部分が、その後、市道に認定されて道路法による道路となるなど事情の変更があった場合には、供用開始の公示を取り消すことなく、公共下水道の延長工事を実施することができるものと解するのが相当であって、控訴人らの右主張は採用することができない。」

同二一枚目表二行目から次行にかけての「本件公共下水道管延長工事の代金を支出した」を「本件公共下水道管延長工事を実施し、その代金を支出した」と、同六行目から次行にかけての「その判断の下に行った」を「裁量権の範囲において適法な行政権の行使として行った」と、それぞれ改め、同八行目の「そして、」から同二一枚目裏六行目の「ない。」までを、次のとおり改める。

「そして、本件公共下水道管延長工事の実施によって、被控訴人は、下松市から従前求められていた天王台社宅内通路における排水設備の設置を一部につき実施しなくて済むようになったけれども、前判示のとおり、右通路が市道となった後においては、被控訴人は下水道法の排水設備設置義務者ではなくなったものと解する外なく、したがって、本件公共下水道管延長工事の実施が被控訴人の排水設備設置義務を肩代わりしたものと評価することはできない。

5  よって、下松市が本件公共下水道管延長工事を実施したことにより被控訴人が右工事代金額を不当に利得したとする控訴人らの主張は、その余の判断をまつまでもなく理由がないというべきである。」

第五結論

以上の次第で、控訴人らの本訴請求は理由がないから棄却すべきところ、これと同旨の原判決は相当である。

よって、控訴人らの本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柴田和夫 裁判官 佐藤武彦 裁判官 岡原剛)

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